Praise the Lord 本文へジャンプ
                   PTLジャーナル VOL 11
 インマヌエル (訳すと、”神は私たちとともにおられる”という意味)


 
 「見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。」マタイによる福音書28章20節

カンファレンス開催場所
Murrieta, CA  温泉と椰子の木の街

 2014年の1月初旬、私は米国カリフォルニアでカルバリー・チャペルというグループ主催の5日間のミッション・カンファレンス(宣教会議)に、日本の牧師や教会の方々と共に参加しました。このカンファレンスでは世界各国の現場で働いている宣教師達より、彼らの働きをもとに講義や証し、またワークショップと、消化しきれないほど密度の濃い内容でした。

 中でも一番心に残ったことは、イランへの宣教師のご夫妻の奥さんの証しでした。ご主人はイラン系アメリカ人で、奥さんと子供達とイランの地に移り住み、命がけで伝道し、地下教会が設立されました。しかし、最近ご主人は、その伝道活動のため政府に逮捕されたままで(2014年2月現在)、イランの牢獄の中でひどい暴行にあい手当ても受けずに、ようやく一般監獄から政治犯の方へ移されたそうです。まさに命がけの宣教活動の様子は、使徒パウロを筆頭にした初代の教会の弟子達が迫害の中で、無抵抗、非暴力でイエスの福音を伝えていた時代が、約2000年たった現代も続いているようです。。彼らのために皆の祈りが積まれています。

 カンファレンスの食事の度に新しい人々との出会いがありました。会話の切り出しは「あなたの宣教の地はどこですか?」から始まり、私には想像がつかない土地での働きについての話を聞く度に、驚きと共に、この人達を通してなされる神様のはたらきに賛美が尽きません。

 私の宿泊していた部屋には、中米コスタリカで人身売買から子供を救う活動をしている60才代の方と、メキシコの孤児院で働く方、アフリカ・ケニアからの方等がいて、それらの活動自体は非常に大変だと察しますが、彼女達はとても愉快で明るく、良いルームメイトに恵まれました。私が「日本からNYの日本人の為に送られています。」と言うと、このカンファレンスを主催しているグループがアメリカベースのため、そのユニークさに驚きながらも「今のアメリカは宣教師が必要だよ」と言っていました。米国は多くの宣教師を世界中に送ってきた歴史がありますが、アメリカは多民族国家ですし、また昨今益々文化的、政治的にもアンチ・キリスト教に変わってきているという悲しい現象があるので、他国からの宣教師が必要だという意味でしょう。

 昨年より東京国分寺の教会が私を宣教師として派遣することになり、祈りで支えられ、献金も頂き、感謝しております。今回、カンファレンスに参加したのはそのための研修でもありました。宣教師といっても、私の場合は生活のために自分で働きながら、家庭集会や、一般の人に伝道出来るようマンハッタンの街に会議室を借りて聖書の学びを開いたり、牧師不在のNYの日本人教会で時々礼拝メッセージをしたりという小さな活動です。

 NYは都会で便利な所ですが、外国人が単身で生活していくのは色々厳しいものがあります。しかし、離れていても日本の教会と私の家族、そしてNYのクリスチャンの方にもいつもお祈りで支えられているので、本当にありがたく、心強いです。今回宣教師達が未開の地でゼロから始めているのを聞き、イエス様が共にいて下さるという証しに強く励まされ、私も聖霊の導きを求めて神様に自分に任されたことを、忠実に仕えていきたいと思わされました。なお、今後、Like Mindの同労者が与えられるように祈っています。

 「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。」(ピリピ人への手紙4章6-7節) 

 この聖書のことばにあるように、神様に感謝をもって祈り願えば、物質的にも霊的成長という面でも必ず必要を備えられ、神様が与える平安が心を守って下さるという約束、そしてイエス様が共にいて下さる(インマヌエル)ことをいつも覚えていたいと思います。そして、NYで神の国(神を信じる人たちの心)が広がってほしいと、それが神の願いであればそうなると信じる信仰が強められたいと思いました。          (引用:口語訳聖書)

 (”インマヌエル” 「恩寵と真理」 同信社 2014年4月号掲載より一部訂正)
 
 
inserted by FC2 system